黒潮は北太平洋亜熱帯循環の西端に形成される西岸境界流であり,その流量は毎秒約3000万m3(全世界の総河川流量の30倍に相当)にも達する.北緯15度付近を西進する北赤道海流はフィリピン沖で南進するミンダナオ海流と北進する黒潮に分岐し,黒潮は陸棚に沿って琉球列島西側を北上,トカラ 海峡で方向を転じ,日本南岸へ至る.黒潮などの海流は主にメソスケール力学(準地衡流バランスによる中規模渦,O(100)km程度)が卓越する流れであることが知られているが,O (10) km程度以下の非地衡流的なサブメソスケールの現象が平均流,乱流,フロント,成層構造及びそれらに伴う物質分散に及ぼす影響になど未解明な部分が多い.そこで本研究では,最先端の領域海洋モデルROMSを用い,マルチスケー ル多段ネスティングにより,3次元変分データ同化を用いた日本近海の海況再解析・予報システムJCOPE2(水平解像度約10 km:Miyazawa et al.,2009)を最外側境界条件に用い,日本沿岸(水平解 像度3km),および黒潮続流域へと2段階でダウンスケールすることにより,グローバルからサブメソスケールまでの現象を再現可能な高解像度シミュレーションを実施した.
黒潮続流のダイナミクスに対するサブメソスケール現象の影響を定量的に評価した結果,強いフロントが形成される黒潮流軸直上ではサブメソスケール渦は見られず,むしろ流軸から南緯度方向に1〜2度程度離れた領域でより明確な発達が確認された.エネルギー転換率解析によると,その発生メカニズムは東岸境界流での事例とはかなり異なり,流軸付近ではフロント強化に伴う傾圧不安定が黒潮の強い水平・鉛直方向のシアの影響を受けて抑制され,流軸から離れた位置では黒潮シアの影響を受けずfrontogenesisと傾圧不安定によって維持・強化されていることが分かった.また冬期の143oEラインにおける鉛直断面での混合層内のErtel渦位がゼロに漸近することから,ダウンフロント風と海洋表層でのクーリングに伴う傾圧不安定によりageostrophic secondary circulationsの発達が促進され,サブメソスケール渦が盛んに発達していることを確認した.また,流軸直下では低Richardson数で特徴付けられるtilted thermoclineが生じ,それに伴って低温水のupwellingが発生しており,これらの結果は黒潮続流域での近年の観測結果(例えばNagai et al., 2012)と定性的に一致している.
黒潮・親潮などの海流の流路や強度は,沿岸海洋環境に多大な影響を及ぼすため,数値モデリングにおいてはその再現性の向上が極めて重要な課題となる. 黒潮続流域を対象としたROMSを用いたJCOPE2からのダウンスケーリング海洋モデルに対して,低周波の水温・塩分場へ緩和させる T-S nudging と呼ばれる簡易 的な 4 次元データ同化を導入することにより,黒潮蛇行に代表されるメソスケール海洋変 動に対する再現性が格段に向上することが示されている. 本研究では,T-S nudging により緩和させるデータとして,衛星海面高度計データ(AVISO)にもとづく水温推定値(Takano et al., 2009)に ARGOデータを組み合わせた経験的な塩分推定値を用いた場合のメソスケール海洋構造の再現精度について,JCOPE2 再解析値への緩和計算結果と比較する形で検討した.
琉球諸島西岸沖約200kmの東シナ海大陸棚に沿って北上する黒潮暖流は浮遊幼生,栄養塩等の輸送に大きな役割を果たしているため,この海域の生態系保全を考える上では黒潮の波及効果を正確に把握することが重要となる.また,本海域では黒潮は琉球諸島という明確な幾何的境界条件の影響を受けて独特の乱流場が形成される可能性が予想される.よって,本海域を対象とした精緻な海洋モデリングを行い,観測データ等と相互補完しながら海域の流動環境に対する理解を深化させることが急務である.
本研究では,まず,領域海洋循環モデルROMS(RegionalOcean Modeling System)を用いた2段階のネスティングにより水平解像度約10km➡3km➡1kmとしてダウンスケーリングを行い,黒潮の波及効果を解析し得るサブメソスケール解像海洋モデリングシステムを開発する.出力モデル結果と現地観測データや衛星データとの比較を行い,黒潮流路,メソスケール変動渦運動エネルギー,黒潮流路上の鉛直断内の密度構造などに関する再現性を確認後,琉球諸島の中間海域におけるサブメソスケール乱流の構造を解析し,黒潮系水塊の波及効果を定量化することを試みた.
日本海には水産資源,天然ガス,鉱物資源などが豊富に賦存し,我が国の経済にとって重要な海域である.地勢的には海峡部の水深が概ね50〜140 mと極端に浅いために外海との海水交換が少なく,日本海固有水を形成するなど,閉鎖性の高い海域である.日本海に対する外海からの影響のうち代表的なものは,対馬海峡から流入する黒潮分岐流である対馬暖流と,間宮海峡から流入する低塩分のリマン寒流である.本研究では,これらの海流を含む日本海全域の流動構造を精緻に評価するために,領域海洋循環モデルROMSを用いた高解像度ダウンスケーリング日本海モデルを開発する.さらに,メソスケール流動の再現に必要なT-S nudgingについて緩和強度に関する感度実験を行い,観測データやJCOPE2再解析値との比較を通じてモデルの妥当性を確認するとともに,流量や渦運動エネルギーなどを解析し,ダウンスケーリング効果を明らかにする.
沖縄本島周辺は,低緯度域から暖水塊を輸送する黒潮の影響もあり,世界的にみても高緯度にありながらサンゴ礁が豊富に生息する特殊な海域である.一方,地球温暖化の影響などにより,サンゴ礁の白化や衰退が進展しており,サンゴ礁の保護に向けて周辺海域の流動構造の把握が課題のひとつとなっている.さらに,沖縄本島において,サンゴ礁の被度は本島東海岸の方が西海岸よりも小さく,それらは,琉球諸島の地形や,西海岸沿岸を通過する黒潮の暖水波及効果の影響によるものであると考えられる.Kamidaira et al.(2016)は黒潮と沖縄本島間に発達する負のサブメソスケール渦に伴うeddy heat fluxによって黒潮暖水の波及が促進されることを示した.黒潮波及のもう一つの機構として,黒潮反流の影響が考えられおり,本研究では,内山ら(2013)によるROMSを用いた琉球諸島周辺海域モデルをベースとし,JCOPE(解像度約10km)→ROMS-L1(同3km)→ROMS-L2(同1km)→ROMS-L3(同250m)と順次3段階の入れ子状に領域を収斂させ,本島周辺を高解像度で再現し,モデルを用いて,沖縄本島周辺海域の海洋構造の東西の非対称性と,黒潮反流による黒潮暖水波及効果について解析を行っている.
瀬戸内海環境アセスメントのための中核ツールとして,四国沖太平洋側から瀬戸内海にかけての広範な海域に対応した新世代の超高解像度3次元海洋流動モデルを開発する.モデルは,データ同化された西太平洋海域渦解像海洋モデルJCOPE2(Miyazawaら,2009)から開始し,ROMS(Regional Oceanic Modeling System,Shchepetkin & McWilliams,2005)を用いて合計3段階でダウンスケールする.つまり,JCOPE2(解像度約10km)→ROMS-L1(同2km) →ROMS-L2(同500m)と順次入れ子状に領域を収斂させ,外洋からの地球規模環境シグナルを取り込みつつ,微細な地形特性や内因的なサブメソスケール渦などの乱流をも詳細に再現することの可能な枠組みを構築した.モデルを用いて2007年〜2011年の再解析を行い,瀬戸内海の広域流動の中長期的な動態把握,瀬戸内海を構成する湾・灘(大阪湾,播磨灘,広島湾等々)間の海水交換と平均滞留時間,紀伊水道,豊後水道,関門海峡を通じた外洋との海水交換機構などの解明に向けて研究に取り組んでいる.
瀬戸内海における正確な海況予報は,港湾管理・海洋建設・漂流物回収・ 漁場予測・航路選択・海洋環境モニタリングなど,様々な分野から期待されている. 正確な予報を行うための手法として,観測データと予報モデルを用いて海洋の尤もらしい状態を推定するデータ同化は非常に有効である. また,データ同化の導入に伴い,これまでの予報モデルでは予測できなかった海洋状態の推定や重大な発見が多くなされ,工学や科学の発展にも大きく貢献してきた. そこで本研究では,瀬戸内海内部における海洋モデル数値計算の予報精度向上を目的として,瀬戸内海で行われている現地観測から得られる水温と塩分データを三次元変分法 (3DVAR) を用いて同化し,その精度について検証した.
精緻な瀬戸内海流動再解析・予測モデルの構築に向けて,多点観測データを高解像度数値モデルに合理的に同化させる3DVARを組み込むことに成功し,また,データ同化により,瀬戸内海内部における水温・塩分分布の再現性が飛躍的に向上することを示すとともに,塩分場の再現性をより向上させるためには,データ同化だけに頼るのではなく,正確な流入淡水情報が欠かせないことが示唆された.
台風通過に伴う暴風時には,海面では水平方向の吹送流と強い鉛直混合が生じる.このような強風時の海洋構造変化を究明することは,高波,高潮,漁場,海岸侵食,気候変動などの予測精度を向上させる上で重要である.また紀伊半島沿岸は、黒潮や波浪の影響を受けて特徴的な乱流場が形成されている可能性が予想される.
本研究では,領域海洋循環モデルによる多段ネスティングによりダウンスケーリングを行い,外洋影響を考慮した流れと,複雑な海岸・海底地形を考慮した高解像度モデリングを実施する.具体的には,JCOPE2(解像度約10km)→ROMS-L1 (同2km) → ROMS-L2 (同600m) → ROMS-L3(同200m) と順次3段階の入れ子状に領域を収斂させる.出力モデル結果と現地観測データとの比較を行い,モデル精度を確認後,台風通過に伴う海洋構造変化に関する解析を行う.
大阪湾・播磨灘海域の水質は,その巨大な後背地人口のため,河川水や下水処理水の影響を特に受ける.しかし,下水処理水の詳細な分散過程に関しては,未解明な部分が多く残されている.
大阪湾・播磨灘は狭隘な海峡に囲まれた閉鎖性海域であることに加え,埋め立て地などによる複雑な海岸線を有するため,形成される流動場も複雑な構造を持っている.一方,栗山(2013)によれば,瀬戸内海全域の水収支は四国沖を東進する黒潮流路の季節変動の影響を強く受けつつも,年間を通じて豊後水道から紀伊水道方向への時計回りの流れが卓越することが分かっている.また,淀川や大和川などの一級河川からの浮力の影響により,特徴的なエスチュアリ循環が形成されることが知られている.したがって,潮汐,海上風や河川などに代表される外力条件を正確に考慮することに加え,瀬戸内海全体の流れと複雑な海岸線を同時に表現することが,本海域の流動・物質分散モデリングの成功の鍵となる.そのためには,瀬戸内海全域モデルからのダウンスケーリングによる高解像度モデルが必要となる.
以上のことから,本研究では,①大阪湾・播磨灘を対象として多段ネスティングを用いたダウンスケーリング海洋モデルを開発し,②外洋影響を考慮した瀬戸内海全体の流れと、複雑で詳細な地形情報を取り入れた高解像度モデリングを実施して流れ場を再現すること,さらに,③密度プリュームとして移流分散される垂水処理場からの処理水の広域分散過程をシミュレートし,大阪湾・播磨灘における処理水の挙動や湾内への滞留プロセスの解析,を行った.
紀伊半島南西端近くに位置する和歌山県・田辺湾は,黒潮流路にほど近いために外洋影響を強く受けつつも,地形的にやや閉鎖性が強い内湾であり,養殖業や生活排水等に伴う環境負荷により,水質悪化や赤潮の発生といった海洋環境問題が顕在化している.これらの問題の解決に取り組むにあたり,田辺湾の海洋構造,特に外洋との境界である湾口での海水交換特性を理解する必要がある. 本研究では,船舶による短期集中観測(2013/8/28実施),京大防災研の沖合プラットフォームを利用した長期連続観測(2013年8月上旬〜10月中旬),3段ネストによる高解像度領域海洋循環モデルの3つを用いて,田辺湾湾口部における海水交換特性とそのメカニズムを明らかにすることを目的とした.紀伊半島田辺湾口部での海水交換に対しては,半日周期の潮流による短周期成分に加え,2〜3日の周期を持つsubtidal成分の影響が大きく,両者は同程度の寄与率を持っている.Subtidal流量変動に対しては,湾外での広域循環流が重要な役割を果たしており,主にその向き(すなわち相対渦度の正負)によって湾内への沖合水塊の流入・流出が決定付けられている.つまり,田辺湾における海水交換特性,ひいてはその湾内水質環境は,広域の外洋影響を強く受けて形成されていることが強く示唆された.
2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う巨大津波により,東京電力福島第一原発の原子炉3機で水蒸気爆発が生じ,3月12日から現在に至るまで,炉心や燃料棒の冷却のために海水や淡水が営々と注入されている.注水された水は放射能汚染水となって施設内に貯まり続け,再循環システム稼働以前には重大な漏水事故が惹起された.判明しているだけで4月16日に2号機から4,700 TBq,4月4〜10日に緊急計画放出により 150 GBq,5月10〜11日に3号機から 20 TBq(いずれも推定値)の放射性物質が海洋へ放出されたと報告されている.
電中研・JAMSTEC/文科省・仏 SIROCCO による先行研究は,いずれも放出後の放射性物質の海洋での分散は速やかに行われ,その大半は黒潮続流により北太平洋中緯度域方向へ輸送されることを示唆していた.しかしながら,沿岸域の流れは海岸海底地形,河川流出,波浪等の影響を受けるため,準地衡流的な沖合流動によるものとは異なる分散パターンを生じる可能性がある.特に半減期 30 年のセシウム137(137Cs)は海岸周辺の底質に吸着することにより沿岸域を再循環し,中長期にわたって海洋汚染を引き起こす可能性も否定できない.本研究では,領域海洋循環モデル ROMS(Shchepetkin & McWilliams, 2005)を用いたダウンスケーリング高解像度数値実験により沿岸域での放射性物質の分散特性を定量化することを最終的な目的とする.これまでのところ,2段階のネスティングにより水平解像度 1 km までのダウンスケーリングに成功,その結果を用い,再現性の確認と沿岸域での放射性物質(137Cs)濃度出現パターンを解析している.
福島第一原発から漏洩した放射性核種の分散予測に対して,現在でも陸域・海域等様々な領域での分散予測が行われている.しかし,海洋での放射性核種の分散は福島第一原発からの直接漏洩水のみでなく,大気からの降下など,領域間で様々な相互作用がある.例えば,陸域において放射性セシウムの多くは主に土壌表層の粘土画分の粒子に吸着し,降雨等によって河川から流出すること,海底でも同様に土粒子に吸脱着することが知られている.そこで我々は,福島県沿岸域でのより精密な放射性核種の分散予測を行なうため,放射性核種の陸域から海域への移行過程定量化を目的とした波浪場を考慮した浅海域土砂輸送モデルを開発を行ない,解析を行っている.
米国西海岸・南カリフォルニア湾の中央部付近に位置するサンタモニカ湾(SMB)は,後背地に人口密集都市ロサンゼルスを抱え,人間活動の影響を色濃く受ける半開放性海域である.SMB は沖合を南進するカリフォルニア海流と,岸近くの中層部を北進するカリフォルニア反流から構成されるカリフォルニア海流システム(CCS)の縁辺部に位置し,春期の北西風による沿岸湧昇や,陸域からの負荷の影響を受ける生産性の高い海域である.この SMB 中央部の沖合約 8km(5 mile)地点の海底には Hyperion Treatment Plant(HTP)からの 2 次処理水排水口があり,平均毎秒約 15 トンの処理水が恒常的に放出されている.ロサンゼルス市では老朽化に伴う排水口の更新を予定しており,排水口位置を沿岸約 1.6km(1 mile)の地点に移設することを第 2 案として検討している.本研究では,領域海洋循環モデル(ROMS;Shchepetkin andMcWiilams, 2005, Ocean Modell.)をベースに,外洋からの遠隔シグナルや,地形性・フロント不安定によるサブメソスケール渦などを取り込むべく,多段ネスティングを用いたダウンスケーリング実験を行い,高解像度(水平解像度約 75m) SMB モデルにより処理水の分散プロセスを解析し,排水口位置の違いによる海洋構造の変化や分散パターンの相違などについて検討した.
下水処理場や原子力発電所はそのほとんどが沿岸域に設置されており,そこからは日々,大量の排水が行われている.福島第一原発事故のように不測の事態によって万が一有害物質の放出などが起こると,沿岸環境や生態系に対して深刻な影響を及ぼす可能性があるため,そのような事態を早急に予測するシステムを準備しておく必要がある.本研究では,原理的に無限に想定可能な漏洩シナリオや,突発的な事故に対してできるだけ迅速に対応するために,予め計算された流動場を用いてtracer輸送を解くoffline passive tracerモデルを開発する.さらに,愛媛県佐田岬付け根に位置し,比較的早期の再稼働が予想される四国電力伊方発電所の沖側海域を想定ソースとしたtracerのEuler的な移流分散を取り上げ,季節的な分散パターンおよびそのメカニズムを検討する.offline passive tracerモデルとは,領域海洋循環モデルROMSのアルゴリズムに準拠し,海洋モデル再解析値や予報値を用いてpassive tracerの3次元移流拡散方程式を解き,物質の保存的な輸送を求めるプログラムである.点源からの湧き出しや吸い込みを考慮できるように設計されており,任意の地点,時刻からtracerフラックスの流入などを取り扱うことができる.さらに,海水流動とtracer輸送を同時に計算するonline計算と比べて,数十倍の速さで計算することが可能である.
瀬戸内海には400種以上の海洋生物が生息しており,その多くは生活史の一時期に浮遊期間を有している.そのため,この浮遊気における幼稚仔分散過程を解明することが瀬戸内海の海洋環境を把握する上で不可欠である.コネクティビティはメタ個体群におけるパッチ(局所的集団)間の連結度であり,任意の移流時間においてソースパッチからシンクパッチに移動する確率として定義される(Mitaraiら,2009).つまり,コネクティビティを定量化することは海洋生態系ネットワーク構造を解明する上で重要である.
本研究では,高解像度の海洋循環モデルROMSを用いた3次元のLagrange中立粒子追跡計算にもとづいて沿岸部におけるコネクティビティを定量化し,瀬戸内海内部の海洋生態系ネットワーク構造を解明することを目的をし,解析を行っている.
富栄養な内湾域とは異なり,外洋における一次生産は一般に極めて低い.我が国の太平洋沿岸を北進する黒潮暖水は陸棚周辺に強いフロントを形成し,そこでは温度風平衡に伴う鉛直シア,中規模渦による湧昇・沈降,表層水のsubductionなどが生じるため,貧栄養な外洋の中でも比較的高い生産性を維持する役割を果たしていると考えられている.外洋における一次生産の定量的な評価は,そこに接続する沿岸域の生態環境のみならず,ブルーカーボンの生成を通じて地球環境問題を考える上でも重要な課題である.そこで本研究では,領域海洋循環モデルROMSとNPZD型の生態系低次生産モデルをカップリングしたROMS-NPZDモデルを用い,中規模渦解像・サブメソスケール渦許容気候値解析を行い,太平洋沿岸黒潮域における一次生産に対する海洋変動の影響を評価した.
地球温暖化などの影響により世界規模でサンゴの白化や衰退が深刻な環境問題となっている.黒潮は低緯度域から温暖な水塊を輸送し,海洋生物の浮遊幼生や栄養塩輸送,生態系ネットワークの形成に対して大きな影響を及ぼすと考えられている.そのため,琉球諸島周辺海域におけるサンゴ生態系保全に向けて,黒潮を含む周辺の流動構造を詳細に把握することが重要となる.本研究では,琉球諸島周辺を対象とした3次元流動再解析値を用いてサンゴの卵と浮遊幼生を想定したLagrange 粒子追跡計算を行った.
琉球諸島南西部の西表島と石垣島周辺と石西礁湖に設置した145個のパッチからサンゴの産卵を模擬するために5月の満月大潮の翌日を中心とした前後1週間(計14日間)の夜間に1日1回particle粒子を放出し,21日間後(移流時間)まで追跡した.2012年から2015年までの4ケースの計算結果から,Lagrangian PDFの移流時間積分値を算出した.多くの粒子は,石西礁湖周辺に留まるが,一部の粒子は黒潮に輸送されて移流時間21日以内に,九州南岸まで到達することがわかった.
台風はその強い風応力や低気圧に伴う吸い上げ効果などにより,高潮災害,瀬戸内海の海水流動変化,海面及び海面下の水温低下など海洋構造を大きく変化させる。高潮は低気圧による吸い上げ効果に伴う強制波としての水位偏差のみならず,自由波として遠方から伝播する波動に伴う前駆波などの影響も無視しえないため,広域での台風のダイナミクスを考慮することが根幹的に重要となる.さらに、台風は黒潮流路を変動させる可能性もある.黒潮流路変動は海面高度(SSH)や成層変化を引き起こし,海洋環境をさらに大きく変化させるだけではなく,黒潮系暖水が湾に突発的に流入することが原因となって,急潮被害を引き起こす可能性もある.そこで,本研究では海洋循環モデルROMSを用い,台風を高精度で表現可能な気象庁GPV-MSM再解析値に適合させた広領域・高解像度の3次元高潮モデリングを実施し,解析を行っている.
船舶から排出される温室効果ガスの削減に向けた燃料消費効率の向上のための技術として,海流などの海象気象情報を有効利用するウェザールーティング(以下,WRと呼称)に大きな期待が寄せられている.しかしWRで航路選定をする際,船舶は海洋上であらゆる方向に進行し得るため膨大な数の経路探索が必要となり,計算効率の点で重大な問題がある.そこで本研究では,グラフ探索アルゴリズムの一つであるDijkstra法を一般化したA*法をベースに新しい航路選定アルゴリズムを開発し,地球の球面効果と船舶の速度に影響を与える海流の効果を考慮した.これにより,1) 出発地と目的地の2点間の最短距離経路,2) エンジン開度を一定として求める最短時間経路,3) 海流に対する相対船速を一定として求める最小燃費経路の3通りの経路を探索することが可能となった.
また,WRでは専門機関が公表する海象気象予報データを利用することを前提としているが,例えば瀬戸内海などに見られる狭い海域や水路を通過する内航船航路では,微細な地形の影響を受けて時々刻々と変化する潮流が流れに対して支配的になるため,上記の公表データでは時空間的解像度が不十分な場合がある.外航船においてもWRに必要となる大量の気象・海象データを航海中に逐次収集することは必ずしも現実的ではない.そこで,出航前に収集した情報に依拠しながら,航海中の船舶上のパソコンやタブレットなどを用いて海況予報を行うWRシステムの開発を最終目標として,予報精度を著しく損なうことなく可能な限り軽量化したWR用のコンパクト海洋モデルを構築し,瀬戸内海航路に適用した.計算条件を一部簡素化することにより, 1日分の海流予測が市販のノートパソコンを使って約4分で完了するように設計し,この妥当性について検討をした.
沿岸域流動の時空間的構造の実態把握と定量評価は,地球物理学的には海洋循環の境界条件を与え,土木工学的には,a) 津波や高潮など沿岸災害の評価・予測,b) 海岸侵食対策,c) 海洋構造物の性能設計,d) 生態系や環境の保全技術の確立等に対して第一義的に重要である. Michael Longuet-Higginsによって1950年代後半から1960年代に提案されたradiation stressは,風波によって駆動された沿岸の流れをグロスに記述しうるほぼ唯一の理論であった.弱非線形波,WKB近似などを駆使し簡便な数学的表記に帰着させることにより,工学分野では一定の成功を収めていたが,一方では3次元への拡張性が極めて低く,密度成層や地球自転の効果が欠如しているなど,著しく一般性の欠けた概念であった.これに対して我々は,海洋表層で生じるLangmuir循環を記述するために1970年代にCraikとLeibovichによって導出された,Navier-Stokes方程式非線形項のHelmholtz分解に基づくvortex force理論の拡張性の高さに着目し,マルチスケール漸近展開を用いて波動に関して位相平均されたプリミティブ方程式を導出し,領域海洋循環モデルROMSに組み込んだ(Uchiyamaら,2009;2010).この理論とモデルは,原理的に海洋物理学に求められるほぼ全ての現象を統一的に包含しているため一般性が非常に高く,精度的にもradiation stressをはるかに凌駕し,なおかつこれまで別個に扱われていた沿岸流動と地球規模の海洋流動とをシームレスに接合することが可能な画期的なツールであり,その応用を通じて海岸工学,海洋物理学分野にパラダイムシフトをもたらすことが期待される.
本研究では,上記の枠組みを応用し,海岸工学分野における典型的な流体力学的問題である海浜流系統の発達過程を精緻に調査し,今まで全く把握されていなかった海浜流の3次元像を明らかにすることを主たる目的とする. 3次元海浜流場では,1)砕波による岸向き表層流とそれを補償する沖向き低層流に代表される鉛直循環流の形成,2)沿岸方向圧力勾配に伴う1)の変形と流れの3次元化,3) 1)の機構に伴う鉛直シア不安定の発生,4)渦度のストレッチ作用などによるエネルギーカスケードの促進, 5) vortex forceによる岸沖方向のstreak構造の発生,などが新しい現象として発見されるものと予想している.これらはいずれも本研究の枠組みがあって初めて再現・解析可能なものであり,本研究の海岸・海洋工学分野に対する学術的インパクトは計り知れない.
沿岸海洋環境アセスメント中核ツールとしての 3 次元 海洋流動モデリングの精度向上が期待されている.しかしながら,沿岸域で特に重要となる風波の効果を合理的に取り込む枠組みの開発は立ち遅れていた.これに対して,最近,vortex force(VF)型 Euler 位相平均 Primitive 方程式を領域海洋循環モデルROMSに組み込み,沿岸域特有の波に駆動される流れを含む海洋循環流の 3次元解析を可能とする枠組みが示された(以降 ROMS-WECと呼称;Uchiyama ら,2010).これまでは波浪の影響が最も強く現れる砕波帯周辺浅海域での解析に主眼が置かれており,砕波帯外の沖合海域におけるダイナミクス,特にVFやStokes-Coriolis効果などの保存的な波-流れ相互作用を通じて,総観規模,中規模,サブメソスケールの海洋循環流に対して波浪がどの程度の影響を及ぼすかについては未解明な部分が多かった.
そこで,ROMS-WECにスペクトル波浪モデルSWANと領域気象モデルWRF をカップリングさせ, 多段階のネスティングによる精緻なダウンスケーリング実験を行い,中規模およびサブメソスケールの現象が支配的な陸棚循環流に対する波浪の影響を定量的に評価することを試みた.本研究では,南カリフォルニア湾における陸棚循環流を対象に,海盆スケールの力学バランスに支配された海流などの外洋シグナルの波及,サブメソスケール力学,潮汐,風波,局地気象,海底地形・海岸線地形などの影響を厳密に考慮しつつ,沿岸海洋流動に対する保存的な波-流れ相互作用の影響を詳細に検討した.
近年の現地観測により,砕波帯-陸棚間の海水交換に対しては,密度成層,潮汐,風などの影響に加え,波によって駆動されるundertowや離岸流に代表される海浜流が重要であることが再認識されている(例えばLentz et al., 2008,Omand et al., 2011).沿岸域における物質の移流拡散問題等を扱うにあたり,砕波帯を超える物質輸送の理解は極めて重要な課題である.しかしながら,陸棚循環流に対して波の影響を合理的に取り込むためには,波−流れ相互作用を正確に考慮する理論,砕波帯を表現するための高解像化,沖合の情報を高精度に取り込むための精緻なダウンスケーリングなどが必要となるため,技術的に非常に困難であり,モデルを用いた研究は立ち遅れていた.
これに対して本研究では,ROMS-WRF-SWANカップリングシステムを用いた内山・西井・McWilliams(2012,土木学会論文集B2,水平解像度75 m)による南カリフォルニア湾を対象とした4段ネストモデル結果をベースに,さらにもう1段階のネスティングを行うことで砕波帯を再現可能な水平解像度20mの超高解像度3次元モデリング(L5)を行い,砕波帯-陸棚間の相互作用についての検討を行っている.
岸近くの海水は「sticky water」(Wolanski, 1994)であると考えられてきたが,本研究により,波による離岸流や海浜流によって砕波帯内外での物質・海水交換が促進される可能性が具体的に示唆された.今後は,熱,風,潮汐,波浪,流れ等の複数の要素を総合的に考慮しつつ,砕波帯-陸棚相互作用による海水交換等への影響について,より定量的な評価を行う予定である.
離岸流は,砕波帯や沿岸域における物質輸送や海底地形変化等に重大な影響を及ぼす因子であると同時に,しばしば沖向きの速い流れを伴うことから,海浜利用者の安全性にも強く関与している.そのため,離岸流の定量的な発生・発達過程の予測は工学的に極めて重要な課題であり,詳細な実験,観測等に加えて,モデルによる精緻な解析を行うことが不可欠である.
下図に示すように,流れから波へのフィードバック機構(Current Effects on Waves,以下CEWと略称する)を考慮しない場合は,離岸流が沖へと過剰に発達してしまい,十分な精度で離岸流を再現できないが,CEWを考慮するとその発達が適切に抑制されることが知られている(Haasら,1998;Yu・Slinn, 2003.).CEWによる離岸流の抑制効果について,YS03は波のエネルギー平衡方程式中のradiation stressによる仕事の変化が,Weirら(2011)は様々なCEWの効果のうち,流れによる波の屈折作用(ドップラーシフトを通じた波数変化)が効果的であることをそれぞれ示した.しかしながら,CEWによる離岸流場の変調に対する力学構造の変化についての解析は手つかずのままであり,未だ詳細なメカニズムの解明には至っていない.そこで本研究では,離岸流によるCEWを介した波浪変形機構と,それに伴う海浜流場の運動量収支構造の変化に関する詳細な解析を行い,CEWによる離岸流の発達抑制メカニズムについて運動学的・力学的に明解に示した.
また,波の入射角の違いに基づく,離岸流場・離岸流場から沿岸流場への遷移過程・非定常な沿岸流場についての力学的解析も行っており,その中でCEWが流れ場へ及ぼす影響の大きさが明らかになりつつある.
海岸侵食は,国土保全,環境保全,防災的な観点から土木工学的に非常に重要な問題である.海岸環境の精緻なアセスメントに向けて,海浜地形変化予測技術の高精度化が不可欠である.海浜地形は,波,流れ,地盤系に生じる不安定現象に支配され,離岸流に伴うrip channel, cusp地形など周期的に変化する場合が多く知られている.既往の研究として,Kaida and Uchiyama (2012)は,Yu and Slinn(2003), Weirら(2011)の研究を発展させ海岸侵食に密接に関わる海浜流のうち,離岸流の発達・抑制プロセスを詳細に解析し,波―流れ相互作用のうち,流れから波へのフィードバック機構(Current Effects on Wave),以後CEWと呼ぶが,CEWによって離岸流の発達が抑制され,岸近くにとどめられるメカニズムを力学的に明らかにした.また,Garnierら(2008)はrip channelの自励的な発達機構について検討しており,沿岸方向に一様なバー型海浜地形に対し,波―流れ相互作用を簡易的に取り入れた水理モデルに漂砂モデルを組み合わせることにより,周期的なrip channelの形成を再現したが,CEWのうち波の屈折効果の考慮が不十分であった.したがって,CEWを正確に考慮した場合に生じる離岸流の抑制効果がrip channelの形成過程に及ぼす影響については未解明なままである.
そこで本研究での目的は,包括的な数値実験によりCEWの有無による海岸地形変化の差異を定量化し,そのメカニズムについて考察することである.そのためにまず,Uchiyama et al.(2009)の海浜流+波浪変形モデルに漂砂モデルを組み込み,流体―地盤系の不安定によって生じるrip channelの形成・発達過程を再現する.次に,移動床数値実験によりCEWの有無によるrip channelの発達過程の差を定量的に評価する.さらに,十分に発達したrip channel地形を用いた固定床数値計算を行い,CEWの有無による流れ,波,漂砂量の変化を解析しCEWがrip channel形状に及ぼすメカニズムを明らかにした.
近年二酸化炭素(以下,CO2)濃度の増加や地球温暖化に伴い『海洋酸性化』が問題となっている.海洋酸性化は海洋生態系に大きな変化を起こす怖れがある一方で,海表面におけるpHの低下と水温の上昇が進行すると海洋のCO2吸収能力が低下すると指摘されている(IPCC, 2007).すると大気中に残留するCO2が増え,地球温暖化を加速する可能性がある.よって,海洋-大気間でのCO2の吸収・放出量(CO2フラックス)の変動を把握し,海洋酸性化に及ぼす影響を把握する必要がある.海洋中CO2分布の観測は国際協力により精力的に行われているが,海洋全域の把握はできておらず未解明な部分も多い.本研究ではSugimotoら(2012)によって開発されたCO2フラックス推定手法を広く手に入るデータに対して適用し,その精度を確認する.さらに,CO2フラックスと海洋酸性化の変動を把握し,季節変動や気候変動との関連を評価することを目的とした.
海洋に遍在する中規模渦は,その強い拡散作用を通じて運動量,熱,栄養塩,CO2 などの海洋広域物質輸送を支配している.一方,黒潮は亜熱帯海域から中高緯度域へ熱・物質等を輸送し,我が国沿岸域の環境,気象,水産,災害等に多大な影響を与えている.中規模渦の衝突によって黒潮流路変動が励起される(例えば,Usui et al., 2008)など,両者は強く相互作用するため,沿岸環境を劇的に変化させる黒潮蛇行現象の予測技術の確立に向けて,中規模渦の挙動の定量的な評価が求められている.そこで本研究では,表層地衡流を用いた渦抽出・追跡アルゴリズム(Nencioli et al., 2010)を20 年分の衛星海面高度データに適用し,海洋中規模渦の発生伝播特性の長期解析を行った.波動としての渦の広域伝播特性を捉えるため,黒潮周辺だけでなく北太平洋全域を解析対象とした.
研究内容
福島県の新田川流域には福島第一原子力発電所事故によって放出された大量の放射性セシウム137が地表に沈着した。新田川河道には土砂に吸着した137Cs(以下、懸濁態137Cs)が堆積していることがわかっている。懸濁態137Csは出水毎に海域へ供給され,沿岸域の底質環境に影響を与え続けている.本研究では,4段ネストJCOPE2-ROMS海洋モデル,多粒径3次元土砂輸送モデル,波浪推算モデルSWAN,河道モデルiRIC-Nays2DH,放射性核種吸着モデルを連成させた超高解像度広域土砂・懸濁態137Cs海洋分散モデリングを行い,台風201326号出水イベントに伴う河川起源土砂の河口・沿岸域における堆積・浸食状況の時空間特性を評価した.さらに懸濁態137Csインベントリ解析を行い,水深5 mまでの河口域,水深10 mまでの河口外縁域での堆積,沿岸漂砂等による河川起源137Csの海域堆積層への移行特性を定量化した.