黒潮は北太平洋亜熱帯循環の西端に形成される西岸境界流であり,その流量は毎秒約3000万m3(全世界の総河川流量の30倍に相当)にも達する.北緯15度付近を西進する北赤道海流はフィリピン沖で南進するミンダナオ海流と北進する黒潮に分岐し,黒潮は陸棚に沿って琉球列島西側を北上,トカラ 海峡で方向を転じ,日本南岸へ至る.黒潮などの海流は主にメソスケール力学(準地衡流バランスによる中規模渦,O(100)km程度)が卓越する流れであることが知られているが,O (10) km程度以下の非地衡流的なサブメソスケールの現象が平均流,乱流,フロント,成層構造及びそれらに伴う物質分散に及ぼす影響になど未解明な部分が多い.そこで本研究では,最先端の領域海洋モデルROMSを用い,マルチスケー ル多段ネスティングにより,3次元変分データ同化を用いた日本近海の海況再解析・予報システムJCOPE2(水平解像度約10 km:Miyazawa et al.,2009)を最外側境界条件に用い,日本沿岸(水平解 像度3km),および黒潮続流域へと2段階でダウンスケールすることにより,グローバルからサブメソスケールまでの現象を再現可能な高解像度シミュレーションを実施した.
黒潮続流のダイナミクスに対するサブメソスケール現象の影響を定量的に評価した結果,強いフロントが形成される黒潮流軸直上ではサブメソスケール渦は見られず,むしろ流軸から南緯度方向に1〜2度程度離れた領域でより明確な発達が確認された.エネルギー転換率解析によると,その発生メカニズムは東岸境界流での事例とはかなり異なり,流軸付近ではフロント強化に伴う傾圧不安定が黒潮の強い水平・鉛直方向のシアの影響を受けて抑制され,流軸から離れた位置では黒潮シアの影響を受けずfrontogenesisと傾圧不安定によって維持・強化されていることが分かった.また冬期の143oEラインにおける鉛直断面での混合層内のErtel渦位がゼロに漸近することから,ダウンフロント風と海洋表層でのクーリングに伴う傾圧不安定によりageostrophic secondary circulationsの発達が促進され,サブメソスケール渦が盛んに発達していることを確認した.また,流軸直下では低Richardson数で特徴付けられるtilted thermoclineが生じ,それに伴って低温水のupwellingが発生しており,これらの結果は黒潮続流域での近年の観測結果(例えばNagai et al., 2012)と定性的に一致している.
黒潮・親潮などの海流の流路や強度は,沿岸海洋環境に多大な影響を及ぼすため,数値モデリングにおいてはその再現性の向上が極めて重要な課題となる. 黒潮続流域を対象としたROMSを用いたJCOPE2からのダウンスケーリング海洋モデルに対して,低周波の水温・塩分場へ緩和させる T-S nudging と呼ばれる簡易 的な 4 次元データ同化を導入することにより,黒潮蛇行に代表されるメソスケール海洋変 動に対する再現性が格段に向上することが示されている. 本研究では,T-S nudging により緩和させるデータとして,衛星海面高度計データ(AVISO)にもとづく水温推定値(Takano et al., 2009)に ARGOデータを組み合わせた経験的な塩分推定値を用いた場合のメソスケール海洋構造の再現精度について,JCOPE2 再解析値への緩和計算結果と比較する形で検討した.
琉球諸島西岸沖約200kmの東シナ海大陸棚に沿って北上する黒潮暖流は浮遊幼生,栄養塩等の輸送に大きな役割を果たしているため,この海域の生態系保全を考える上では黒潮の波及効果を正確に把握することが重要となる.また,本海域では黒潮は琉球諸島という明確な幾何的境界条件の影響を受けて独特の乱流場が形成される可能性が予想される.よって,本海域を対象とした精緻な海洋モデリングを行い,観測データ等と相互補完しながら海域の流動環境に対する理解を深化させることが急務である.
本研究では,まず,領域海洋循環モデルROMS(RegionalOcean Modeling System)を用いた2段階のネスティングにより水平解像度約10km➡3km➡1kmとしてダウンスケーリングを行い,黒潮の波及効果を解析し得るサブメソスケール解像海洋モデリングシステムを開発する.出力モデル結果と現地観測データや衛星データとの比較を行い,黒潮流路,メソスケール変動渦運動エネルギー,黒潮流路上の鉛直断内の密度構造などに関する再現性を確認後,琉球諸島の中間海域におけるサブメソスケール乱流の構造を解析し,黒潮系水塊の波及効果を定量化することを試みた.
瀬戸内海環境アセスメントのための中核ツールとして,四国沖太平洋側から瀬戸内海にかけての広範な海域に対応した新世代の超高解像度3次元海洋流動モデルを開発する.モデルは,データ同化された西太平洋海域渦解像海洋モデルJCOPE2(Miyazawaら,2009)から開始し,ROMS(Regional Oceanic Modeling System,Shchepetkin & McWilliams,2005)を用いて合計3段階でダウンスケールする.つまり,JCOPE2(解像度約10km)→ROMS-L1(同2km) →ROMS-L2(同500m)と順次入れ子状に領域を収斂させ,外洋からの地球規模環境シグナルを取り込みつつ,微細な地形特性や内因的なサブメソスケール渦などの乱流をも詳細に再現することの可能な枠組みを構築した.モデルを用いて2007年〜2011年の再解析を行い,瀬戸内海の広域流動の中長期的な動態把握,瀬戸内海を構成する湾・灘(大阪湾,播磨灘,広島湾等々)間の海水交換と平均滞留時間,紀伊水道,豊後水道,関門海峡を通じた外洋との海水交換機構などの解明に向けて研究に取り組んでいる.
台風通過に伴う暴風時には,海面では水平方向の吹送流と強い鉛直混合が生じる.このような強風時の海洋構造変化を究明することは,高波,高潮,漁場,海岸侵食,気候変動などの予測精度を向上させる上で重要である.また紀伊半島沿岸は、黒潮や波浪の影響を受けて特徴的な乱流場が形成されている可能性が予想される.
本研究では,領域海洋循環モデルによる多段ネスティングによりダウンスケーリングを行い,外洋影響を考慮した流れと,複雑な海岸・海底地形を考慮した高解像度モデリングを実施する.具体的には,JCOPE2(解像度約10km)→ROMS-L1 (同2km) → ROMS-L2 (同600m) → ROMS-L3(同200m) と順次3段階の入れ子状に領域を収斂させる.出力モデル結果と現地観測データとの比較を行い,モデル精度を確認後,台風通過に伴う海洋構造変化に関する解析を行う.
大阪湾・播磨灘海域の水質は,その巨大な後背地人口のため,河川水や下水処理水の影響を特に受ける.しかし,下水処理水の詳細な分散過程に関しては,未解明な部分が多く残されている.
大阪湾・播磨灘は狭隘な海峡に囲まれた閉鎖性海域であることに加え,埋め立て地などによる複雑な海岸線を有するため,形成される流動場も複雑な構造を持っている.一方,栗山(2013)によれば,瀬戸内海全域の水収支は四国沖を東進する黒潮流路の季節変動の影響を強く受けつつも,年間を通じて豊後水道から紀伊水道方向への時計回りの流れが卓越することが分かっている.また,淀川や大和川などの一級河川からの浮力の影響により,特徴的なエスチュアリ循環が形成されることが知られている.したがって,潮汐,海上風や河川などに代表される外力条件を正確に考慮することに加え,瀬戸内海全体の流れと複雑な海岸線を同時に表現することが,本海域の流動・物質分散モデリングの成功の鍵となる.そのためには,瀬戸内海全域モデルからのダウンスケーリングによる高解像度モデルが必要となる.
以上のことから,本研究では,①大阪湾・播磨灘を対象として多段ネスティングを用いたダウンスケーリング海洋モデルを開発し,②外洋影響を考慮した瀬戸内海全体の流れと、複雑で詳細な地形情報を取り入れた高解像度モデリングを実施して流れ場を再現すること,さらに,③密度プリュームとして移流分散される垂水処理場からの処理水の広域分散過程をシミュレートし,大阪湾・播磨灘における処理水の挙動や湾内への滞留プロセスの解析,を行った.
2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う巨大津波により,東京電力福島第一原発の原子炉3機で水蒸気爆発が生じ,3月12日から現在に至るまで,炉心や燃料棒の冷却のために海水や淡水が営々と注入されている.注水された水は放射能汚染水となって施設内に貯まり続け,再循環システム稼働以前には重大な漏水事故が惹起された.判明しているだけで4月16日に2号機から4,700 TBq,4月4〜10日に緊急計画放出により 150 GBq,5月10〜11日に3号機から 20 TBq(いずれも推定値)の放射性物質が海洋へ放出されたと報告されている.
電中研・JAMSTEC/文科省・仏 SIROCCO による先行研究は,いずれも放出後の放射性物質の海洋での分散は速やかに行われ,その大半は黒潮続流により北太平洋中緯度域方向へ輸送されることを示唆していた.しかしながら,沿岸域の流れは海岸海底地形,河川流出,波浪等の影響を受けるため,準地衡流的な沖合流動によるものとは異なる分散パターンを生じる可能性がある.特に半減期 30 年のセシウム137(137Cs)は海岸周辺の底質に吸着することにより沿岸域を再循環し,中長期にわたって海洋汚染を引き起こす可能性も否定できない.本研究では,領域海洋循環モデル ROMS(Shchepetkin & McWilliams, 2005)を用いたダウンスケーリング高解像度数値実験により沿岸域での放射性物質の分散特性を定量化することを最終的な目的とする.これまでのところ,2段階のネスティングにより水平解像度 1 km までのダウンスケーリングに成功,その結果を用い,再現性の確認と沿岸域での放射性物質(137Cs)濃度出現パターンを解析している.
福島第一原発から漏洩した放射性核種の分散予測に対して,現在でも陸域・海域等様々な領域での分散予測が行われている.しかし,海洋での放射性核種の分散は福島第一原発からの直接漏洩水のみでなく,大気からの降下など,領域間で様々な相互作用がある.例えば,陸域において放射性セシウムの多くは主に土壌表層の粘土画分の粒子に吸着し,降雨等によって河川から流出すること,海底でも同様に土粒子に吸脱着することが知られている.そこで我々は,福島県沿岸域でのより精密な放射性核種の分散予測を行なうため,放射性核種の陸域から海域への移行過程定量化を目的とした波浪場を考慮した浅海域土砂輸送モデルを開発を行ない,解析を行っている.
米国西海岸・南カリフォルニア湾の中央部付近に位置するサンタモニカ湾(SMB)は,後背地に人口密集都市ロサンゼルスを抱え,人間活動の影響を色濃く受ける半開放性海域である.SMB は沖合を南進するカリフォルニア海流と,岸近くの中層部を北進するカリフォルニア反流から構成されるカリフォルニア海流システム(CCS)の縁辺部に位置し,春期の北西風による沿岸湧昇や,陸域からの負荷の影響を受ける生産性の高い海域である.この SMB 中央部の沖合約 8km(5 mile)地点の海底には Hyperion Treatment Plant(HTP)からの 2 次処理水排水口があり,平均毎秒約 15 トンの処理水が恒常的に放出されている.ロサンゼルス市では老朽化に伴う排水口の更新を予定しており,排水口位置を沿岸約 1.6km(1 mile)の地点に移設することを第 2 案として検討している.本研究では,領域海洋循環モデル(ROMS;Shchepetkin andMcWiilams, 2005, Ocean Modell.)をベースに,外洋からの遠隔シグナルや,地形性・フロント不安定によるサブメソスケール渦などを取り込むべく,多段ネスティングを用いたダウンスケーリング実験を行い,高解像度(水平解像度約 75m) SMB モデルにより処理水の分散プロセスを解析し,排水口位置の違いによる海洋構造の変化や分散パターンの相違などについて検討した.
沿岸域流動の時空間的構造の実態把握と定量評価は,地球物理学的には海洋循環の境界条件を与え,土木工学的には,a) 津波や高潮など沿岸災害の評価・予測,b) 海岸侵食対策,c) 海洋構造物の性能設計,d) 生態系や環境の保全技術の確立等に対して第一義的に重要である. Michael Longuet-Higginsによって1950年代後半から1960年代に提案されたradiation stressは,風波によって駆動された沿岸の流れをグロスに記述しうるほぼ唯一の理論であった.弱非線形波,WKB近似などを駆使し簡便な数学的表記に帰着させることにより,工学分野では一定の成功を収めていたが,一方では3次元への拡張性が極めて低く,密度成層や地球自転の効果が欠如しているなど,著しく一般性の欠けた概念であった.これに対して我々は,海洋表層で生じるLangmuir循環を記述するために1970年代にCraikとLeibovichによって導出された,Navier-Stokes方程式非線形項のHelmholtz分解に基づくvortex force理論の拡張性の高さに着目し,マルチスケール漸近展開を用いて波動に関して位相平均されたプリミティブ方程式を導出し,領域海洋循環モデルROMSに組み込んだ(Uchiyamaら,2009;2010).この理論とモデルは,原理的に海洋物理学に求められるほぼ全ての現象を統一的に包含しているため一般性が非常に高く,精度的にもradiation stressをはるかに凌駕し,なおかつこれまで別個に扱われていた沿岸流動と地球規模の海洋流動とをシームレスに接合することが可能な画期的なツールであり,その応用を通じて海岸工学,海洋物理学分野にパラダイムシフトをもたらすことが期待される.
本研究では,上記の枠組みを応用し,海岸工学分野における典型的な流体力学的問題である海浜流系統の発達過程を精緻に調査し,今まで全く把握されていなかった海浜流の3次元像を明らかにすることを主たる目的とする. 3次元海浜流場では,1)砕波による岸向き表層流とそれを補償する沖向き低層流に代表される鉛直循環流の形成,2)沿岸方向圧力勾配に伴う1)の変形と流れの3次元化,3) 1)の機構に伴う鉛直シア不安定の発生,4)渦度のストレッチ作用などによるエネルギーカスケードの促進, 5) vortex forceによる岸沖方向のstreak構造の発生,などが新しい現象として発見されるものと予想している.これらはいずれも本研究の枠組みがあって初めて再現・解析可能なものであり,本研究の海岸・海洋工学分野に対する学術的インパクトは計り知れない.
沿岸海洋環境アセスメント中核ツールとしての 3 次元 海洋流動モデリングの精度向上が期待されている.しかしながら,沿岸域で特に重要となる風波の効果を合理的に取り込む枠組みの開発は立ち遅れていた.これに対して,最近,vortex force(VF)型 Euler 位相平均 Primitive 方程式を領域海洋循環モデルROMSに組み込み,沿岸域特有の波に駆動される流れを含む海洋循環流の 3次元解析を可能とする枠組みが示された(以降 ROMS-WECと呼称;Uchiyama ら,2010).これまでは波浪の影響が最も強く現れる砕波帯周辺浅海域での解析に主眼が置かれており,砕波帯外の沖合海域におけるダイナミクス,特にVFやStokes-Coriolis効果などの保存的な波-流れ相互作用を通じて,総観規模,中規模,サブメソスケールの海洋循環流に対して波浪がどの程度の影響を及ぼすかについては未解明な部分が多かった.
そこで,ROMS-WECにスペクトル波浪モデルSWANと領域気象モデルWRF をカップリングさせ, 多段階のネスティングによる精緻なダウンスケーリング実験を行い,中規模およびサブメソスケールの現象が支配的な陸棚循環流に対する波浪の影響を定量的に評価することを試みた.本研究では,南カリフォルニア湾における陸棚循環流を対象に,海盆スケールの力学バランスに支配された海流などの外洋シグナルの波及,サブメソスケール力学,潮汐,風波,局地気象,海底地形・海岸線地形などの影響を厳密に考慮しつつ,沿岸海洋流動に対する保存的な波-流れ相互作用の影響を詳細に検討した.
海岸侵食は,国土保全,環境保全,防災的な観点から土木工学的に非常に重要な問題である.海岸環境の精緻なアセスメントに向けて,海浜地形変化予測技術の高精度化が不可欠である.海浜地形は,波,流れ,地盤系に生じる不安定現象に支配され,離岸流に伴うrip channel, cusp地形など周期的に変化する場合が多く知られている.既往の研究として,Kaida and Uchiyama (2012)は,Yu and Slinn(2003), Weirら(2011)の研究を発展させ海岸侵食に密接に関わる海浜流のうち,離岸流の発達・抑制プロセスを詳細に解析し,波―流れ相互作用のうち,流れから波へのフィードバック機構(Current Effects on Wave),以後CEWと呼ぶが,CEWによって離岸流の発達が抑制され,岸近くにとどめられるメカニズムを力学的に明らかにした.また,Garnierら(2008)はrip channelの自励的な発達機構について検討しており,沿岸方向に一様なバー型海浜地形に対し,波―流れ相互作用を簡易的に取り入れた水理モデルに漂砂モデルを組み合わせることにより,周期的なrip channelの形成を再現したが,CEWのうち波の屈折効果の考慮が不十分であった.したがって,CEWを正確に考慮した場合に生じる離岸流の抑制効果がrip channelの形成過程に及ぼす影響については未解明なままである.
そこで本研究での目的は,包括的な数値実験によりCEWの有無による海岸地形変化の差異を定量化し,そのメカニズムについて考察することである.そのためにまず,Uchiyama et al.(2009)の海浜流+波浪変形モデルに漂砂モデルを組み込み,流体―地盤系の不安定によって生じるrip channelの形成・発達過程を再現する.次に,移動床数値実験によりCEWの有無によるrip channelの発達過程の差を定量的に評価する.さらに,十分に発達したrip channel地形を用いた固定床数値計算を行い,CEWの有無による流れ,波,漂砂量の変化を解析しCEWがrip channel形状に及ぼすメカニズムを明らかにした.