Projects
海岸海洋研究グループで行なっている研究プロジェクト
黒潮は北太平洋亜熱帯循環の西端に形成される西岸境界流であり,その流量は毎秒約3000万m3(全世界の総河川流量の30倍に相当)にも達する.北緯15度付近を西進する北赤道海流はフィリピン沖で南進するミンダナオ海流と北進する黒潮に分岐し,黒潮は陸棚に沿って琉球列島西側を北上,トカラ海峡で方向を転じ,日本南岸へ至る.日本沿岸では,四国・紀伊半島沖から伊豆海嶺の間において10数年に一度大きく離岸する「大蛇行」によって特徴付けられるように,頻繁にその流路を大きく変動させる.黒潮の主流は表層500m程度までに集中しており,傾圧性の強い流れであるため,蓄積された位置エネルギーが運動エネルギーへと開放される傾圧不安定によって大蛇行が生じるものと考えられる.流路パターンは概ねその平均流量によって規定されており,低流量で直進,高流量で蛇行,中流量では多重平衡状態となり,その両者の間をカオス的に行き来する.特に中流量時に遠州灘沖で観測される黒潮流路変動はメソスケール渦(準地衡流バランスによる中規模渦)によると考えられている.このように様々な時空間スケールで変動する黒潮流路であるが,流路変動のメカニズムは未だ解明されていない.特に急峻な沿岸・海底地形との相互作用や,波浪などによる小スケール(サブメソスケール)での運動量の水平・鉛直混合過程の影響など,スケール間の相互作用の解明が急務となっている.
一方,海洋流動に対する波の影響には,Stokes driftとコリオリ力の相互作用,それに伴う海洋表層Ekmanバランスの改変,海洋渦とStokes driftとの相関,砕波による波から流れへの運動量輸送,Langmuir循環による表層混合の促進などがある.反対に波動場は,流れによってドップラーシフトと屈折変形を受けるため,平均流や海洋渦を変化させるフィードバック作用を持っている.このように,波は地球規模での海洋のダイナミクスや海洋乱流のエネルギーバランスを考える上で潜在的に重要な役割を果たしているにも関わらず,McWilliams et al.(2004)によって波形勾配に関する弱非線形近似などの仮定の下に位相平均されたprimitive方程式が整理されるまではこれらを記述する術がなかったため,一部のごく単純化された理論や要素実験を除くと,統一的に検討されることはなかった.これに対し我々は,McWilliams理論を強非線形波のregimeまで拡張し,上記のような波の影響を全て考慮した一般的な理論体系を構築し,海洋モデルROMSに組み込むことに成功した(Uchiyama et al., 2010).同じ北太平洋亜熱帯循環の東岸境界流であるCalifornia海流に対する予備的な実験(Uchiyama et al., 2010, Ocean Sciences Meeting)によれば,流れに対する波の影響は顕著であり,平均流速を最大で30%強化し,海洋-大気界面プロセスを左右する混合層厚さを20%程度変化させるなどの事実が明らかになっている.流量も気象変動もより大きい西岸の黒潮海域では,さらに強い影響を受けることが予想される.
以上のような背景および予備的な検討成果を踏まえ,本研究では,最先端の領域海洋モデルROMSおよびスペクトル波浪モデルを用い,マルチスケール多段ネスティングにより,グローバル海洋データからスタートして西太平洋全域(解像度10km),東アジア沿岸(解像度3km),および日本沿岸(平解像度1km)へ4段階でダウンスケールすることにより,グローバルからサブメソスケールまでの現象を再現可能な超高解像度シミュレーションを行い,海盆規模(basin scale)の流れと波動,複雑地形,内部潮汐,メソ・サブメソスケール渦や乱流などを全て考慮した形で黒潮の統計的特徴を再現・抽出する.そして波浪を考慮した場合としない場合の双子実験を行い,黒潮流路変動に代表される海洋流動と波浪との双方向的な相互作用について定量的に評価することを試みるものである.鍵となるのは超高解像度モデルによるサブメソスケール現象の再現と,波-流れ相互作用を考慮する点に集約され,最新の理論と計算技術を駆使することにより黒潮流路動態研究に新たなブレークスルーをもたらすことが大いに期待される.